極モノさんの格言
『有機農業とは、「持続可能な自分の暮らし」を作る取り組み』
店主からのひとこと 今回の「極モノさん」は、埼玉県小川町で農業に取り組む横田岳さんです。横田さんの取り組みは、「くらうま」のめざすこととつながることがたくさんあって、私たちがこだわっている「暮らしのあり方」を改めて考えるとてもいい機会となりました。
「有機農業とは?」という問いに対して、岳さんは「持続可能な暮らしの取り組み」だといいます。
それは、身近にある地域の「資源」を「循環」の中で捉えること。その「循環」の中で自分の「暮らし」を身体的に感じること。そうした「循環」の中に自分が居れば、自ずと「自分にとって何が正しいのか」自分で理解することができる、と。
ああ、なるほど岳さんのメッセージは、「暮らし」を自分に取り戻そうということか。 そんなことをつらつら思いながら横田農場の中を歩き回っていると、なんとも懐かしくて、なんとも気持ちのいい風景に包まれている自分が、とても幸せな気持ちになっていることに気が付きました。
「地球のために」とか「社会のために」というのではなく、「自分にとって」という視点で「暮らし」を捉えようとしている岳さんの姿勢にとても共感できた一日でした。
今回の「極モノさん」は、自他ともに認める横田さんファンのさくらい しょうこさんにレポートしていただきました。なんともいえない「幸せ感」が湧いてきますよ。(くらうま店主/アイタイ部部長)
埼玉県小川町で農業をご家族で営む横田岳さん。
ふだん何気なくオーガニックの野菜の方がいいんだろうな、でも高いからな、と特売の野菜を買っている私。オーガニックと無農薬と有機となにがどう違うの?種を取ったら法律違反になっちゃうの?気になる質問をたくさんぶつけてみました。
ぱっと見農家の人に見えない横田さんの意外な経歴や、家族に訪れた危機
これからの農業、有機とは・・話は深く広がっていきました。
今回の「極モノさん」レポートはいつもカメラマンとしてアイタイ部撮影を担当しているさくらいしょうこです。
埼玉県小川町にある横田農場はくらうまがある下北沢から車で1時間半ほど。
横田さんのお宅の入り口にある無人販売コーナーにまずひっかかるアイタイ部メンバー。
一口メロンやトゲトゲのきゅうり、緑の茄子や紫のオクラ、スーパーに並んでいるのとは違う気になる野菜たち。
そして一歩中に入ると軒にずらりと干してある野菜が。
種を取るもの株で増やすもの
くらうま(以下K):今日はお時間いただきありがとうございます。早速ですけど、これはにんにくですよね。
横田岳さん(以下Y):これはあまり大きくならなかったんですよね。もう少し後に取れるものは芽が育ってくるので、分けて植えると生えてきます。
にんにくは種ができづらい作物なので、株で分かれて増えていって何年かに一度種がとれればいいという生存戦略なのです。家でも植えればはえてきますよ。
K:へー、知らなかった。今度植えてみようかな。
この袋に入っているのはトマトですか?
Y:これは種取りをしているトマトです。
トマトの原産地はアンデスで、もともと鳥に食べられるため目立つ色をしていて、鳥に種を運んでもらおうという戦略です。トマトの種はそのまま植えるより、こうして発酵させてあげると、鳥のお腹の中にいた状態に近くなり、発芽率が上がるんですよ。
Y:これはオクラ。
放っておくと大きく育って、勝手にひび割れがでてきます。乾燥させて種を保存しています。横田農場では、固定種・在来種の作物を植えていて、種取り用によく育ったものから一部を収穫しないで大きく育てています。
K:固定種、在来種というのはどういうものですか?
Y:固定種というのは、品種改良などで掛け合わせてから10回くらい種取りを重ねて作物として安定した品種のことで、在来種はもともとその土地で採れる品種のことを言います。 毎年発芽率は落ちますが、袋に入れて冷蔵しておくと10年くらいはもちます。
K:法律が変わって、種をとってはいけなくなるという話を聞いたのですが
Y:種にも著作権のようなものがあって、自分のところで品種改良して開発した作物を登録すると、他のところで種をとってはいけないということになるのですが、昔からどこでも作られているような固定種や、在来種のように自然発生的に誰が開発したかわからないような品種に関しては種取りしても大丈夫です。
自分で一生懸命品種改良したものを、他のところでどんどん増やされたくないという気持ちもわかりますよね。
学生時代はシステム工学を学んでいました
K:横田さんはもともと有機農業をされていたのですか?
Y:いいえ。代々小川町に住んでいて、ばあちゃんは農業をしていたのですが、父は木型の職人、母は嫁いできたので少し手伝うという程度でした。
きっかけは僕のアトピーが生まれつきひどくて、でもあるとき有機の卵を食べたら、アレルゲンであるはずの卵なのに食べても大丈夫だったんです。
それで、食べ物から見直そうということになり、母が有機栽培を始めることにしました。 その後、金型を作る技術が発達して父の仕事も減ってきたので、10年ほど経った頃に父も加わりました。
その頃小川町では有機野菜を共同出荷するシステムがあったので、うちの農場も今のように多品目ではなく、生産性を高めるために品種を絞って栽培をすすめていたのです。でもその頃にいくつかの種が途絶えてしまった。
Y:僕は工業の高校と大学で機械工学を学んでいました。車のシステム開発に興味があったので、将来はそちらの道を考えていました。
でも自転車に出会い、卒業後は自転車のロードレースのチームに所属していたので、100km走ってから農作業を手伝い、夜また練習で走る、みたいな生活をしていましたね。
24歳の頃です。
小川町での共同出荷システムがなくなってしまい、売り先を探しに訪ね歩いた先で「横田さんから野菜を買う意味って何があるの?」って言われたんです。
それがとてもショックで。
もともと小川町は山が多くて大量生産はできないので、価格では勝てない、そうなったときに、何がうちの野菜の特徴なのか、じゃあ、もともと有機を始めた頃に本当にやりたかったこと、忘れていた思いに立ち返ろうということを徹底的に家族で話し合いました。
そりゃあもう、仲悪かったですよ(笑)
そこで、100年先から俯瞰で見たときに、持続可能なことをしよう。循環できる農業かどうかを基準に切り替えようということで、今のような少量多品目、固定種・在来種を中心とした栽培に変えました。その頃から僕も本格的に農業に携わり始めました
K:売り先はどういったところなのですか?
Y:今はレストランへ卸すことも多くなってきましたね。
イベントで販売したり、「食べチョク」などのシステムを利用して個人宅への直送をしたり、あとは地元の醤油屋さんや製粉所と契約栽培をして、原料として卸しています。
K:幅広い売り先がありますね。
Y:ほんとうは、配送にエネルギーや資源をなるべくかけないほうが環境への負荷は少ないので、もっと地元の人にも買ってもらいたいんですけどね。
それだと売り先が足りないので、首都圏へどうしても卸すことになってしまいます。 ではそろそろ畑を見に行きましょうか(まだ入り口と冷蔵庫しか見ていなかった!)
いよいよ畑へ!
Y:ここが畑です。 左の家があるところから後ろの鉄塔くらいまでがうちの畑ですね。
K:広いですね!どのくらいあるのですか?
Y:広さは5ヘクタール。品種でいうと100種類くらい作っています。
K:100種も!
Y:もともとこのあたりは山間部で平らな土地が少ないため田んぼが作りづらく、少ししか採れないお米は年貢として納め、換金作物としてコウゾから和紙を作ったり、養蚕をしていました。
もっと山奥に行くと、おもちは貴重なのでトチの実(どんぐりの一種)でおもちをつくったり。
こういうお米が採れないところでは暮らしていくためのいろいろな工夫が歴史としてあるんです。
今、埼玉県小川町という場所は、有機栽培をしている農地の割合が全国で一番高く14%くらいあります。他の地域では有機の割合は全体の1%くらい。
隣町と合わせて50軒くらいの農家が有機ですね。
K:もともとそういう地域だったのですか?
Y:いいえ。有機農業をしている方はだいたいが移住者で、小川町の研修システムなどを利用して新規就農している方が多いです。小川町は、金子さんという方が50年も前に有機農業をはじめ、地道にその道を作ってきてくれたおかげです。
K:これはきれいな花ですね
Y:これはオクラですね。赤いのと緑の両方植えています。
K:ほんとだ!オクラ大きい!
K:いただきます。おいしい。甘みがある!タネも嫌じゃないですね。産毛も少ないつるっとした感じ。
Y:産毛はあんまり出ない品種なのかな。うん。うめーな(と言って自分も食べる横田さん)
K:いんげんも大きい!
Y:これはもっと育てて種を取る用ですね。食べるために収穫する分はもっと若いうちに採ってもいいんだけど、つい大きく育てちゃう。貧乏性だからかな(笑)
固定種だとできあがりが安定しないので、出荷するときもあえて形や大きさはある程度不揃いにして詰めています。買う側もそういうものだということを受け入れてほしいんです。
K:そうですね。スーパーに行くと、形の揃った野菜ばかり並んでいますが、刻んで食べる分には曲がっていても変わらないですよね。
Y:このきゅうりはうちの父ちゃんが「昔のきゅうりってこんなのだったよね」と思い出しながら種を掛け合わせて作ったもの。
K:すごくとげとげしてる!味も濃いですね。
Y:うん。うまい(と言って味見する横田さん)
以前は植物性の肥料を入れていた時期もあるのですが、6年前からは無肥料でつくっています。
野菜にとってはとても贅沢な作り方をしていて、1年に1回しか作っていないんです。 植えてしばらくは育てたいもの以外が育たないように草刈り機を使いますが、他のものより優位に育てばあとは放っておきますね。
K:なるほど。無理に刈り取らなくても収穫できればいいということなのですね。そういう農法はどうやって知るんですか?
Y:聞いたり、調べたりということももちろんしますが、やりながら試行錯誤ということが多いですね。自然栽培と有機農業の違いって?
K:自然栽培、自然農法、オーガニックなど、いろいろな言い方があって、その違いがあまりよくわかっていないんですけど、そもそも有機農業というのはどういうことなのですか?
Y:有機農業というのは、持続可能な社会を作るシステムのことです。
K:??
Y:例えば「無農薬」は農法ですが、「有機農業」というのは農法ではなく広い意味で社会が持続可能かどうかという視点で判断されることなので、無農薬だから有機とは限らないのです。
K:有機で減農薬ということはあるんですか?
Y:それはないですね。農薬は石油から生成されるものなので、いずれなくなってしまうものを使わないと作れないということでは有機ではなくなってしまいます。ハーブ水のようなものを虫除けに撒くことはありますけどね。
K:消費する側も、もっと知らないといけないですね。
Y:生産者と消費者が遠い関係になってしまっているので、僕たちも伝える努力をしなくちゃいけないと思っています。知ってくれれば消費者も選べると思うんです。全員が有機の野菜を買え、ということではなく。安定した食料の供給という意味では僕は慣行農法を否定するつもりはなくて。100年先、200年先に続いていけるかどうかを俯瞰で考えてほしいな、って思うんです。
そろそろ戻ってごはんにしましょう
K:やったー!お腹すいたー!
100年続くおいしいごはんのために
中庭にテーブルを用意して、食事の準備。 外のかまどで炊いた羽釜のご飯にお母さんのおかず。茄子の揚げ浸し、オクラとじゃこを炒めたもの、いんげんの胡麻和え、茄子のお味噌汁・・・。お父さんは炭火を起こして七輪で中庭の栗を焼いてくれています。 みんなそろっていただきます。
おいしい!思わずつくりかたを尋ねてしまいます。
適当に作っただけ、と謙遜するお母さんですが、ごま和えのごまも煎ってから擦るから香りがいいんですね。
うめーな、と岳さんもにこにこ。
おいしい食べものをおいしく食べられるというしあわせを、思う存分感じました。 普段野菜を買うときや、何かを選ぶときに、社会が持続可能かどうか、という視点を持つことが、こういうしあわせな時間を失くさないために必要なのかなと、ちょっぴり意識が変わった1日でした。
帰りにはみんな野菜をいっぱいお買い上げ。だって美味しいんだもん。
今回のライター さくらいしょうこ 飲食店でのメニューPOP作成をきっかけに料理写真を学び始め、フードコーディネータースクールに入学。資格取得後は、料理を中心とした写真撮影、フードコーディネート、レシピ開発、スタイリング、DTPデザインなど食べものまわりのあれこれで幅広く活動中。 https://sakuraishoko.me